日々是好日

死ぬまでハッピー!

安曇優くんに向けて

 

 私には、特別な男の子がいる。

 『アヤカシ奇譚』という舞台の主人公、安曇優くんだ。
 優くんはいつでもにかにかと笑っていて、ちょっとばかで、でもとびきりやさしくて、アヤカシハンターから逃げ回るアヤカシを助けてしまう男の子。自らを「アヤカシハンターハンターだ!」と名乗り、ピースを突き出す。
 そんな彼には夢がある。アヤカシと人間が共に生きられる世界を作ること。自分が半妖半人であることから、その愛の架け橋になるんだと信じてやまない。
 跳ねた茶髪と、赤いマフラー、白い服を着た優くんは、舞台という森を駆け回る。2009年の話だ。未来に生きる私は、画面を挟んで彼を見ている。
 優くん、あなたは幸せだっただろうか。

 


 優くんを取り巻くひとびとも個性豊かで、とてもクセが強い。
 若手アヤカシハンターの鏡くんは血気盛んで尖ってるし、その上司かつ天才ハンターである時雨さんは飄々としていてどこか掴めない。優くんを保護している座敷家の当主・童子は優しくも厳しく接してくれるけど、代々保持している「言霊」という秘宝については神経を過敏にさせている。
 そんな人間たちと相対する存在として鎮座するアヤカシ側は、最強のアヤカシ・阿修羅を筆頭に、その部下であるシバ、阿修羅の両腕と、見た目のインパクトも強い面子だ。
 そして優くんは、ハイエナという下級アヤカシに出会う。
 ハイエナは妖力も高くなく、目上の者に媚びへつらうことでなんとか生きているようなアヤカシだ。彼を鏡くんから助けるかたちで知り合った優くんは、少しずつ交流を深めていくこととなる。
 アヤカシも人間も守ろうと奔走する優くんは、ひょんなことから自分の出生の秘密を知ってしまう。アヤカシと人間の子どもだと思っていたその身は、言霊の霊力によって人工的に作られた産物だったのだ。
 動揺して逃げる優くんを助けたのはハイエナの言葉だった。なんとか持ち直してまたアヤカシハンターハンターとして立ち上がった優くんは、阿修羅の暴動を止めるため走り出す。
 物語はそして、優くんの悲しくてやさしい選択で幕を閉じる。友達を救うため、愛の架け橋になるため、きっといろんな理由で、優くんはその道を選んだ。でも何も言わない。ただいつものピースだけを残して、消えていく。彼らの前からも、私たちの前からも。
 優くんはもうどこにもいない。

 


 私がこのアヤカシ奇譚という作品をずっとずっと大切に特別に思っているのは、優くんに怒り続けてるからかもしれない。
 だって、こんなにずるい消え方ってない。一方的に決断して、みんなを守った気になっているのか。残された童子はどうするんだ、優くんを「家族だ」って言ってたのに。
 腹立たしくて、悲しくて、でもこういう選択をしてしまう優くんだからきっとこんなに愛おしくて、悔しい。
 優くんはアヤカシと人間が共存できる世界を何より望んでたから、その夢が叶ってよかったのだろう。この先、誰の「唯一」にもなれないとしても、心を通わせる相手を見つけられないとしても。
 でも、優くんはもうひとりじゃないのかな、とも思う。アヤカシでも人間でもない中途半端な存在として悩んでた優くんのアイデンティティーの確立方法は「アヤカシハンターハンター」を名乗ることだったけど、それもきちんと全うできてるとは言えなくて。ただ、これからはそんな心配はしなくていい。優くんはどこにもいないけど、きっとどこにでもいる。もう不安で寂しい気持ちになることはないのかな。どうだろう?

 


 いつかタイムマシンが開発されたら、私はぜったいに2009年1月25日に帰る。シアターサンモールで当日券を買って、優くんの最後の日に、優くんに会いに行く。どんなに遠くの席でも端っこでもいいから、一目会いたい。再演じゃなくて、あのときの優くんがいい。
 って言いつつも、もし万が一再演したら通っちゃうんだろうな。そうしたら、あの終わり方だけは変えないでほしいな。大嫌いで大好きなラストシーン。そらで台詞が言えるほど何回も何回も観た、優くんの最後。


 優くんは、幸せだろうか。
 笑ってピースする姿が、不幸そうには見えなかったけど。あの物語が終わったあと、優くんは幸せになれてるだろうか。フィクションの世界に尋ねても無駄なことはわかってるけど、それでも願わずにいられない。
 私は今日も、8年後のこの世界から、あのやさしい男の子を想っている。優くんの時がもう進まなくても、何度だって立ち返って会いに行こう。
 ずっとずっと、私の特別でいてほしい。